2026 本、紙、インク、テープ、ホッチキス

東京大学アルスノーヴァの試験に合格し、10月から1期生メンバーとして活動していくことが決まりました。
それに際し、1次試験の選考課題として制作したものを作品〈酷使術001〉として公開します。
東京大学アルスノーヴァの1次試験は以下のような内容でした。
①:東京大学アルスノーヴァのカリキュラムを読み解き、これまであなたがやってきたこと・これからあなたがやりたいことに照らし合わせて、このカリキュラムをどう使うかを構想してください。
②:①を踏まえて、このようなカリキュラムを持つ学校が課すべきだとあなたが考える選考課題を作成してください。
③:②を踏まえて、その課題に対するあなた自身の解答を制作してください。
これに対し、①にある「読み」「解く」「使う」という三つの動詞を、比喩としてではなく、できる限り字義どおりに(リテラルに)受け取りました。カリキュラムを紙に印刷して読み、切り分け、ばらばらに解く。そしてそれを使う。そして②では、「カリキュラムを実際に読み解き、使用し、その結果を示せ」という選考課題を自ら設定しました。
③では、切り分けたカリキュラム全11頁をその順番を保ちながら、村上龍『テニスボーイの憂鬱(上)』(集英社文庫)に貼り付ける形で使用しました。関連付けられそうな部分を見つけてカリキュラムを貼り付けたり、反対に、適当にカリキュラムを貼り付け、そのページの記述にカリキュラムの内容と関連付けられそうな部分を見出しました。
この小説を選んだのは、カリキュラムとの内容上の共通点があったからではありません。直近で一番影響を受けた本が『テニスボーイの憂鬱』だったという、極私的な理由でこの本をチョイスしました。学校から与えられたカリキュラムと、個人的な時間のなかで読まれていた小説を一冊の内部で混ぜ合わせることで、制度的に提示された未来と、自分の現在とを衝突させました。
「酷使術」とは何かという説明は後に回すとして、以下にその一部分を掲載します。
小説のタイトルを書き換え(左ページ)、余った紙でアルスノーヴァのロゴマークを再現した(右ページ)
小説のタイトルを書き換え(左ページ)、余った紙でアルスノーヴァのロゴマークを再現した(右ページ)
小説の目次をカリキュラムのページ数で示し、カリキュラムの目次を小説のページで表した
小説の目次をカリキュラムのページ数で示し、カリキュラムの目次を小説のページで表した
数字に着目したり、カリキュラムと小説の記述のあいだに関連を見出したりした
数字に着目したり、カリキュラムと小説の記述のあいだに関連を見出したりした
開講期間を表す図がテニスコートに見えたため、テニスの記述が詳細に行われているページ横に貼り付けた
開講期間を表す図がテニスコートに見えたため、テニスの記述が詳細に行われているページ横に貼り付けた
見開きのページの中に「アルスノーヴァ」の7文字を見つけ出した
見開きのページの中に「アルスノーヴァ」の7文字を見つけ出した
水木金!
水木金!
余った紙を余白に折り込んだ
余った紙を余白に折り込んだ
科目説明の部分を貼り付け、科目の内容に関連する描写にマークを付けた
科目説明の部分を貼り付け、科目の内容に関連する描写にマークを付けた
余った紙でシャンパングラスを作った
余った紙でシャンパングラスを作った
調査術の説明は、折り畳み、見えないようにした
調査術の説明は、折り畳み、見えないようにした
本の中に本を作った
本の中に本を作った
この制作で用いた方法を〈酷使術〉と名付けました。
〈酷使術〉とは、対象を単に破壊する術ではありません。物、媒体、道具、記録、制度などに、その規定された用途を超える負荷を与え、反復使用、摩耗、混交、誤用を通して、そこに潜在していた別の働きを露出させる方法です。対象を本来の用途からただ解放するのではなく、その用途を過剰に遂行することで、内部から別の使用法を発生させます。
〈酷使術001〉では、カリキュラムは科目の順序や階層から切り離され、小説は挿入された紙片によって文章の連続性を中断されました。どちらも以前と同じようには読めません。しかし、読みにくくなることは、ただ読めなくなることではありません。小説の文章とカリキュラムが消耗しつつも隣り合い混ざり合うことで、それぞれを単独で読んでいたときには存在しなかった経路が生まれます。
メディアは、情報を運ぶ透明な容器ではなく、物質的な条件を持っています。その物質性は、表現を制限する条件であるだけではありません。メディアは使用され、使い込まれ、ときに酷使されることで姿を変え、制作された時点では想定されていなかった働きを獲得します。
本作は選考課題への解答であったと同時に、〈酷使術〉という方法を継続して実践するための起点でもありました。今後は、すでに作られた物や媒体、道具、記録、制度、その場の環境などを使い込み、その「使用後」に現れる変形や誤作動、別の働きを作品として扱っていきたいと思っています。
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